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利休会記を読み解く 4月に

4月のまなびやでは、梅と桜の満開を両方楽しめました。雑木の八瀬の山に点在する山桜の美しさも加わり、春を堪能しつつ、大徳寺での茶事研修をさせて頂く贅沢、半澤先生がいつも仰る、与えられた一瞬一瞬を無駄にせず、を噛みしめる期間となりました。


さて、今回の利休会記を読み解く会、南方録滅後、雪の夜咄にて

お香の達者な天王寺屋宗及が利休居士の火相が見たいと、定刻より早く着きましたところ、すでに、遠くに名香ランジャの香りと暗闇の中にかすかな灯、利休居士は、彼のことだから早く来たいだろうからと、戸は一寸開けてあります。席入りの後、挨拶、聞香の後(この頃は、香炉を使っていて、香合はなかったそうです)、水屋の戸の開く音がします。醒ヶ井まで水を汲みに行ってきた裏方が帰ってきた音です。


寅の刻午前3時〜4時に、陰から陽に変わり切った頃の水を使うのが決まり。邪気のない井華水です。今回、たまたま拝聴した筒井紘一さんの講演でも、太陽が昇る前の水に気がやどる、陽の気を持った水を使うことの大切さを話しておられました。ちなみに、この頃は炭点前はなく、裏で炭を整えるのが常であったとも話しておられました。

さて、利休居士が釜の水を変えるために、裏に入っている間に、宗及はいうに言われぬ虎の火相を堪能します。そして、台子の上に、炭の入った炭斗がさりげなく置かれてあるのを見て、炭を置き添えます。利休居士は大いにこの心くばりを称賛したといいます。半澤先生曰く、これこそが阿吽の呼吸、主客の思いやり、決まり事通りではない本来の姿であり、とても大事なことですね。筒井氏も、利休さんの趣向は、顔が見えるお茶であり、道具のお茶ではなかった、亭主は片側の耳で湯の沸く音、もう一方の耳でお客さんと話をすることが大事と話しておられました。


次に続いた納屋宗久のお話でも、利休居士の、相手の見るべきところをきちんと見て評価している態度に言及し、どんなことも批判にはならない、その時その時に心を置くことの大切さを半澤先生は話されました。「気配を感じなが心を働かせる、決して茶事慣れしてはいけない」心に残る言葉です。




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